髭を剃り落とし、旅館の料理と地酒で気分一新

9日(15日目) 火 快晴 24℃ 22,3km(414,6km) 髭を剃り落とす
さざなみ―岩不動―道の駅かわうその里―焼坂峠―中土佐町福屋旅館 6400円
民宿さざなみの朝食はご馳走だった

朝7時前に朝食の品数と味付けも上々で、女将さんから庭先にある梅の木から作った自家製の梅干と言われて食べたところ、塩気が少なく食べやすかった。精算を終えて宿を出る時女将さんが、
「30分ほど余計に時間が掛るが、岩不動経由を歩いた方が景色も良く遍路の気分が味わえる」
 良いことを聞いたので、7時43分、YY氏と二人で国道を右に曲がって岩不動に向けて歩き出す。
初めは二車線の立派な道路だったが、間もなく舗装されているが道幅も狭くなり、周囲にはビニールハウスが数多く朝の光を受けて輝いていた。集落を過ぎた辺りからは登山道となり、上り下りを繰り返すうちに、岩不動の社が見えて来た。人家には常時人が住んでいる気配は無いが、そこここに食事の支度をしたらしい跡が見受けられた。多分野宿の遍路が時折利用したものと思われる。湧き水で喉を潤してから緩やかな道を下る。彼は疲れてきたのか間隔が開き出した。間もなく大きなビニールハウスが連なっていたので、農家の人に何を栽培しているのかと聞いたところ、
「これからは茗荷を植え付ける予定で。今はその床造りの最中だ」
「実は私は北海道の者だが、我が家で一昨年茗荷を植えたが中々実が成らないので今春掘り起こしてしまったが、根が伸びて掘り起こすのに難儀した」
「北海道は寒いので実が付いても僅かしか成らないはずだ」
 まさにその通りだったが、ビニールハウスで根が伸びるとハウスの外に出るのではないか、と要らぬ心配をしながら先に進む。後ろを振り向くと彼の姿は見えなかった。
高速道路に沿ってバイパス工事が盛んに行われていたので、トンネルを越えてから遍路地図では道が判らなくなってきたので、工事の人に道を尋ね、またトンネルを出ると間もなく、「道の駅かわうその里」が見えて来た。
10時40分、中に入り郵便局でお金を下ろす。二階の食堂は11時開店のため、店内を見たりして時間を潰す。前回来た時、須崎市で、絶滅したと思われていた「かわうそ」が発見されたことは全国的に知られていたが、その後痕跡すら認められないのに、道の駅にまで名前が付いているので思わず噴出してしまったことを思い出した。
時間が来たので二階の小上りに荷物を置き、前回食べた同じ土佐丼を注文したが、時期外れのためか味は冴えなかった。時間調整もあって約2時間道の駅で過ごした。
12時35分、店を出て国道の沿って暫く進み、前回は焼坂トンネルを歩いたので、今回は出来るだけ遍路道を歩こうと国道を右折し、線路に沿った焼坂峠への道は車がやっと通れるほどの狭さだった。両側は鬱蒼とした杉林の中、暫くその道を登ると初老の夫婦が居たので、何をしているのかと思って聞くと、
「自宅のログハウス用の杉の木を伐採しているところで、その内車で運び出す積りだ」
 奥さんの案内で清水の沸く場所を案内してもらい、口に入れた瞬間旨さが口の中に広がって行くのを感じた。お接待のミカンも旨かったのでお礼を言って先を急ぐ。峠への道は山をぐるりと回るような緩い勾配の道が続き、竹林が所々にあり竹を積んで運ぶトラックとすれ違う。最後の急な道を登ると焼坂峠(H228米)の標識が有った。ここからは相変わらず緩い下りが暫く続き、国道に出るには大分掛るようだ。台風23号の影響で多くの倒木が道の両側にあった。線路が見える頃には人家も目に入り、ミカン畑が斜面に沿って植えられ赤い実を付けていた。峠を通ったので国道56号線を通るより大分時間が掛かったが、昔の人の苦労を知るには良い体験になった。3時24分、国道に出て中土佐町へ入る田舎道を通り、町の入り口付近の雑貨屋でボールペンを買ったが、一本しかなかった所を見ると、普段殆ど売れないようだ。
 町中の地元の造り酒屋「西岡酒造」で地酒「純平」を一本買い、4年前来た時に貰ったビニール袋を重宝した話をすると2枚呉れた序に、「奥さんは」と聞くと、「買い物に行っている」と話していた。前回来た時同行のSH氏と二人で、ここで酒を買った際、彼が杖を忘れ、後ろから、「お遍路さーん」と声を掛けて杖を持って来てくれた美人の奥さんを見て、彼に、「わざと忘れたのではないか」と冗談を言って二人で大笑いしたシーンを思い出し、出来ればもう一度会いたかった。歳を取っても男って困ったものだ。
 4時、今夜の宿、福屋旅館はそこから直ぐの所にあった。玄関で幾ら呼んでも返事がないので裏に回ると数人のおばちゃんが料理を作っている最中で、私の姿を見ると女将さん風の人が手を拭きながら二階に案内してくれた。荷物を置いてから、一旦外に出て床屋に向かったが、予約の客が終わるのは1時間後とのことで床屋を出て、薬屋で髭剃りを買い自分で剃ることにして宿に帰る。風呂に入る際、座敷に大勢の人の気配がしたので、何気なく部屋を覗くと消防関係の人、十数人が宴会が始まるのを待っていた。道理で玄関で声を掛けても通じなかった訳だ。狭い町だけに旅館と料理屋を兼ねている様だ。
 風呂で16日間伸ばしっ放しの髭を剃り落とし、すっきりした顔に戻った。間もなく若い女将さんが部屋に夜食を持ってきたが、今夜の宴会の料理も含まれているのか、中々手の込んだ料理がテーブルに並んだ。ビールを呑んだ後、「純平」を呑み、酒も良し、料理も良しで言うこと無しのひと時だった。
 電話が鳴ったので受話器を取ると、近所のTRさんの声で、三回目で漸く繋がったと、北海道も暖かく、聖護院の漬物も早く漬かり過ぎて今年は駄目だと話していた。MY氏からの電話によると、隣の大谷旅館に泊っているので明日一緒に歩くことにしたが、彼も足の痛みは何とか治ったようだ。宿も一緒に佐賀温泉に泊ることにして予約する。
 テレビの天気予報では明日夕方から雨との予報だった。YY氏は何処に泊ったのか気にしながら今日一日の日記を付ける。