今日から歩かなくて済むか、我ながらご苦労さんでした

3日 金 晴れ 17℃ 京都市東寺お礼参り バスにカメラ忘れる
BH大崎―大阪市京都市東寺―大阪市―神戸市UN宅
 食堂に下りると、客は既に出かけたようで、一人分の膳がテーブルの上にあった。マスターが居て、「お疲れさま、よく回ったね」と祝ってくれた。間もなくテーブルに朝食が運ばれてきたが、今まで食べたことも無いほどの料理が並べられていた。多分昨日の夕食を出さなかったことに対しての心使いと思った。全部食べ切れず3点ほど残して漸く食べ終えた。
 8時15分、二人に送られて徳島駅に向かう。バスターミナルで京都行きの切符を頼んだが、既に売り切れたので、止む無く大阪行きのバスの切符を買う。程なくバスが来たので乗り込んだが、客は数えるほどしか居なかった。バスは徳島の町を抜けて鳴門大橋を渡り淡路島を縦断するコースを走ったが明石大橋は長かった。神戸の町を右左眺めながら、震災の跡を追ったがバスから見る限りでは殆ど目に触れることが無いほど復興していた。
10時半、大阪駅前に着いたので中央郵便局でお金を降ろして、京都行きの快速電車に乗り込む。四国と全く違う風景を見ている内、カメラを入れたポシェットが無いことに気が付き、偶々通りかかった検札の車掌に事の次第を話すと、京都駅の忘れ物センターで聞いて欲しいと言われた。
京都駅で下車し、改札係りに忘れ物センターの場所を聞いて訪ね、忘れ物の種類と徳島駅のバスの発車時間と座席場所を話して調べて貰ったところ、確かに届けられてあったが、保管場所は北営業所で大阪駅のバスセンターで場所等を聞いて欲しいとのこと。良かった、若し出なかったら旅の写真の大半が失われたことになる。くわばらくわばら。
カメラをバスに忘れたので、「奥の細道」で写したのを拝借

新築の京都駅は何か黒っぽい装いで、京都とは馴染ない感じだった。駅の裏手から東寺の尖塔が見えたので、その方向に向かって歩を進めると築地塀に囲まれた東寺が目に入った。20年前、家族旅行で来た時に境内を見た際は、弘法大師に対する思いは左程無かったので、五重塔の大きさや、仏像が目に浮かぶ程度だった。又平成14年「奥の細道」車行脚の際、通り掛った程度で、三度目のご対面は格別の意味がある。
納経帖に記入捺印してもらい、前回の高野山に続いてのお礼参りを終え、空海誕生の地善通寺を含めた弘法大師空海三大聖跡を納経帖に記載した事になる。
腹も空いてきたので駅食堂街のレストランで荷を降ろし、先ずジョッキーを注文して渇いた喉を癒し、牡蠣フライ定食を食べる。
再び京都駅から大阪行きの快速電車に乗り込む。大阪駅のバスセンターで北営業所の場所を書いた用紙を貰った際、守口車庫行きのバスに乗るよう言われて、その守口車庫行きのバスに飛び乗った。頭の中は、北営業所ではなく、守口車庫がインプットされたままの状態だった。終点で皆が降りたので慌てて守口車庫で降り、歩いていた人に北営業所の場所を聞いても判らないので、タクシーが止まっていたので運転手に聞くと、ずっと手前に有るとの返事に驚き、そのタクシーに乗り込んで北営業所を目指して戻ることになった。知らない土地のことよりも、己の思い込みの馬鹿さ加減に頭が来たひと時だった。
北営業所でカメラを受け取った時は、ホットしたと言うより、自分のそそっかしさに呆れた思いだった。職員の話によると、何のことはない大阪駅までは三つ目の停留所とのこと。向かい側のバス停からバスに乗り込み、夕方の渋滞に巻き込まれながら何とか大阪駅に着いた。神戸のUN宅に電話、遅れた事を詫び、神戸三宮の地下鉄の乗り方を教えて貰い、地下鉄西神中央駅で待っている由。
夕暮れの大阪駅から電車で神戸に向かう。ラッシュアワーと重なり、リュックに縛り付けた菅笠と杖を持ったままの姿が珍しいのか、多くの視線を背中に感じる。神戸に着いたときは夜の帳が降りて真っ暗闇だった。聞いた通りの道順の改札口で西神中央行きの切符を買い地下鉄に乗る。30分ほどで着くと、改札口にUN夫妻の姿が見えた。何年ぶりかの再会だ。
二人に案内されて駅構内に有る「そごう」デパートの和食の食堂に入る。夫妻(夫人がいとこ)は数年前札幌から息子の居る神戸に転居した際、何れ四国の旅に出た時に、必ず立ち寄る旨の約束を果たした思いと、久しぶりに会えた喜びに三人でビールで乾杯。主人のUNさんとは仕事を通じて世話になった仲とあって、話題も四国の話やら近親者の消息等で、尽きることが無いほど楽しいひと時を過ごさせて頂き、且つご馳走になった。
彼らの住むマンションはここから5分ほどの距離にあって、15階建ての14階に住んでいる。部屋に入ると窓越しの遥か向うに、明石大橋の橋脚を支えるワイヤーがライトを点滅させていた。下を見ると明かりの点いた住宅が立ち並んでいるのが目に入り、高層マンションに居る事を実感した。通常一戸建てに住んでいると、今夜のような夜景は目に触れる機会がないだけに、暫く外の夜景を眺めていた。
夫妻の話によると明日の天気は良くないが、神戸の町を案内した後、有馬温泉に入り、神戸牛のすき焼きを食べる予定とのことだったが、明日は午後の新幹線で娘一家の住む埼玉に行く予定となっている旨を伝えて、申し訳ないがお断りした。
10時過ぎ、約40日間民宿やビジネスホテルで過ごした夜から解放されて、郁ちゃんの敷いてくれた蒲団に入り、明日長女一家、特に二人の孫に会える喜びを抱きながら眠りに就いた。